ページの先頭です。
本文へジャンプする。
ここからサイト内共通メニューです。
サイト内共通メニューを読み飛ばす。
サイト内共通メニューここまで。
ここから本文です。

さようなら、H-IIBロケット
そして日本の宇宙輸送は新たな時代へ

 

H-IIBロケットは9号機の打上げをもって、その役目を終えます。当時、開発・運用に携わった職員からコメントを集めました。

現所属:宇宙輸送技術部門 鹿児島宇宙センター
名前:川上 道生
当時の担当業務:設備・企画担当、技術基盤維持担当

試験機1号機から3機の打上げに設備担当として携わって以来の種子島で迎えるH-IIBロケット打上げになります。 今回、「こうのとり」の収納された衛星フェアリングを間近に見て、大型バスに例えられるその大きさをあらためて実感しています。 立場変わってもロケットの打上げに使用する施設・設備の維持・保守にかかわる苦労は続いていますが、 これまで「こうのとり」との組合せ8機で果たしてきた物資補給の最終ミッションをOn-Timeで飾れるよう最後まで万全を期して打上げに臨みます。
最後になりますが、この場をお借りして、世界的に新型コロナウイルスの感染が拡大する中、打上げ当日を迎えることが出来ましたことについて、 地元の皆さま、関係の皆さま、そしてロケット打上げを応援して下さる皆さまのご理解、ご協力にあらためてお礼申し上げます。

画像;川上 道生

現所属:宇宙輸送技術部門 事業推進部
名前:佐藤 寿晃
当時の担当業務:打上執行主任代理、ロケット班長

日本で一番大きなロケットであり、世界からの信頼も厚い「こうのとり」を運搬する役目を担うH-IIBロケットは、日本のロケット技術の粋を集めたものでした。 ロケットの開発は、式年遷宮のごとく間隔が空くため、JAXAのロケット班長としては当分最後と言われる中、諸先輩方がつないできたロケット班長の"タスキ"(腕章)を腕に、 3号機の整備を慎重に進めました。打上げは成功し、無事に開発を完了させることができましたが、その後、娘を嫁に出すような気持ちで、三菱重工さんに運用を託したのが、懐かしい想い出です。
出戻ることもなく8号機まで安定して運用され、今回でラストフライトを迎えますが、その血は脈々と現在開発中のH3ロケットに引き継がれており、次世代の宇宙開発の発展を支えることになると思います。 ミッション期間中に大震災が起きた2号機の時のように困難な状況ですが、地上400kmで補給を待つ宇宙飛行士の皆さんが安心して過ごせるよう「こうのとり」共々最後まで立派に任務を果たして、明るい話題を提供してくれることを願っています。

画像;佐藤 寿晃

現所属:宇宙輸送技術部門 鹿児島(種子島)宇宙センター(計画管理、気象担当)
名前:大和田 陽一
当時の担当業務:推進系担当、全段システム担当(資金管理)

H-IIBロケット開発時は、推進系の開発を担当するとともに、全段システム担当として資金管理を担当していました。 推進系担当時は、我が国初となる1段クラスター化に対して、課題の抽出や解決策の検討など、新たな技術開発の難しさを学びました。 資金管理担当時は、計画したプロジェクト資金内に収めることの難しさや、4号機からのH-IIBロケットの民間移管に向けた調整や交渉などを行いました。
H-IIBを通じて幅の広い経験と知識を学びました。

現在、種子島宇宙センターに勤務しており、H-IIBロケットの最終号機を現地で対応できることは大変感慨深く、運命的なものを感じています。現地で、打上げ成功に向けて、頑張ります。

新型コロナウイルスの影響で、一般の方に現地で応援いただくことが出来なくなってしまいとても残念ですが、H-IIB最終号機の打上げ成功に向けて、ライブ配信等を通じて応援を宜しくお願いいたします。

画像;大和田 陽一

現所属:宇宙輸送技術部門 イプシロンロケットプロジェクトチーム
名前:岡田 修平
当時の担当業務:ロケットの点検を行うための電気系地上設備の担当として、
地上設備の準備を行いました。(H-IIBロケット3号機)

H-IIBロケットの最終号機打上げの準備が着々と進んでいます。
ロケットも地上設備もそれぞれ準備万端で打上げ日を迎えているでしょう。

ロケットを無事に打上げるためには、ロケットが正常に動作することを確認する必要があります。 そのために、地上設備(ロケット発射場にある点検装置)でロケットの健康診断をします。私は入社してすぐに種子島宇宙センターで地上設備の開発・運用のお仕事を担当しました。
H-IIBロケット3号機では、新たに整備した地上設備が正しく動作するか、すごく緊張しながら打上げの瞬間を迎えたことを覚えています。
現在は、イプシロンという別のロケットの開発を担当していますが、当時の緊張感は今も覚えています。

画像;岡田 修平

現所属:有人宇宙技術部門HTV技術センター
名前:嶋根 愛理
当時の担当業務:射場管制官(RCO)

H-IIBロケット初号機の打上げは、入社した私の最初の仕事でした。 先輩や上司、メーカの方々から射場管制官としての業務を一から教わりながら、彼らの開発初号機打上げに対する緊張感をひしひしと感じていたので、成功したときは飛び上がって喜んだのをよく覚えています。
その後ロケット搭載機器開発担当になり、打上げ現場での経験から、イプシロン、H3ロケットの搭載機器については、常に運用しやすい設計仕様を意識して開発を行いました。
H-IIBロケット最終号機打上げは、HTV側で見守ることとなり、一つのロケット運用に始めから終わりまで関わることができ、感慨深い気持ちでいっぱいです。

画像;嶋根 愛理

現所属:宇宙輸送技術部門 イプシロンロケットプロジェクトチーム
名前:伊海田 皓史
当時の担当業務:ロケット班 構造機構系(フェアリング)担当

「こうのとり」専用の5S-Hフェアリングの開発を担当しました。当時のコラムでも紹介した通り5S-H開発には様々な困難がありましたが、 開発を通じて得られた知見(解析手法)は後のイプシロン・H3フェアリング開発に受け継がれ、それぞれの開発が順調に進む礎になったと考えています。 また私にとっては想定外の事象発生時に、徹底的に原因究明を実施して開発を進めることの重要性について、身をもって体験できた貴重な機会でもありました。 H-IIB試験機の打上げから約10年前が経過し、世界の輸送系は当時想像もしなかった変革の時代を迎えています。 H-IIBの開発・運用で得られた知見を糧に、世界に負けない日本独自の輸送システムを発展させていけるように、これからも日々の業務に取り組んで行きたいと思います。

「コラム」のリンク先
https://www.jaxa.jp/countdown/h2bf2/column/h2b_j.html

画像;伊海田 皓史

現所属:H3プロジェクトチーム
名前:中辻 弘幸
当時の担当業務:推進系担当、1段エンジンを2基使用する推進システム等の開発

H-IIBロケットでは第一段エンジンを日本で初めて2基使用しました。開発で一番気にしたのが第一段エンジンLE-7Aの始動時の横推力です。 横推力が大きいと2台のエンジンが衝突する可能性も考えて、細心の注意を払って開発を進めました。社内研究部門やMHIに協力してもらい、事前にエンジン2基でのCFD解析を進めました。 試験で初めてエンジン2基に同時に火をつけた時は、予想より少し横推力は大きかったのですが、いろいろな解析でメカニズムを追求し、 エンジンを支えるアクチュエータに追加試験を実施して開発を進めることができました。 またロケットのタンクからエンジンまで液体酸素、液体水素が流れる配管等は、2台のエンジンの間で有害な圧力振動が発生しないように気をつけました。 この基本的な方針はエンジンが3台になるH3ロケット第一段にも引き継がれています。

現所属:輸送系基盤開発ユニット
名前:小林 清
当時の担当業務:推進系開発業務、打上げ隊を含むプロジェクト業務

H-IIBロケットの推進系開発と試験機の打上げに、約7年間携わっておりました。辛いと思う仕事はいくつも有りましたが、それを大きく上回る魅力と面白味を持った仕事でした。 試験機の際には打上げ成功の報を受け、仲間から何度も胴上げをしてもらえました。この上なく幸せで鮮明な思い出です。
現在進行中のH3開発ではH-IIB開発で得たエンジンクラスタ技術を基に、更なる能力向上が成し遂げられようとしています。実体験に基づいて技術を積み重ね、前に進む大切さを改めて実感します。
H-IIBは私が基本設計から試験機まで通貫で担当し、その後も成功裏にその使命を終えた愛しい機種です。 ありがとう さようなら H-IIB

画像;小林 清

現所属:宇宙輸送技術部門 イプシロンロケットプロジェクトチーム
名前:山口 敬之
当時の担当業務:企画班 企画/気象係としてJAXA内外との窓口業務、打上げ隊の運営、気象観測業務などを担当

私は種子島宇宙センター在勤時代にH-IIBロケット試験機と2号機の打上げ業務に携わりました。 試験機は深夜(午前2時)の打上げでしたので煌々と闇夜を照らしなら飛行していく様子は10年近くたった今でも鮮明に覚えています。 打上げ可否判断において気象条件(雨、風、雷など)は大事な判断要素の1つです。 試験機の打上げは深夜でしたので雷雲など打上げに影響を与える雲の接近を確実に確認できるか航空機を用いた夜間飛行で検証実験を行ったことは印象に残っている業務の1つです。 H-IIBロケット9号機の打上げ日がお天気の良いことを願っております。

画像;山口 敬之

現所属:有人宇宙技術部門 新型宇宙ステーション補給機プロジェクトチーム
名前:井田 恭太郎
当時の担当業務:飛行安全、第2段機体の制御落下管制システムの開発、Google Earth上に飛行経路をリアルタイム表示するシステムの開発

H-IIBロケットの開発では、ロケットの飛行中に万が一のことがあった場合に、人命・財産の安全を守る飛行安全という業務を担当しました。 特に、第2段機体を安全な海域に制御落下させるシステムを開発し、成功に導いたことは非常に良い思い出です。 このようなロケットの運用管制の経験から、その後、国際宇宙ステーション日本実験棟「きぼう」の運用管制を統括するフライトディレクタを経て、 今回の打上げではH-IIBロケットで運ぶ「こうのとり(HTV)」のフライトディレクタを担当します。H-IIBロケットの全ての打上げ成功を祈りつつ、 「こうのとり(HTV)」のミッションを確実に成功させ、これらの経験をHTV-X、そして将来のロケットや宇宙船の運用管制に繋げていければと考えております。

画像;井田 恭太郎

現所属:JAXAOB
名前:中村 富久
当時の担当業務:H-IIBプロジェクトマネージャ 打上執行主任

今年は、我が国が米国デルタロケットの技術を学んだ「N-Iロケット計画」に着手してから半世紀になる節目の年です。 この間、H-IIロケット5号機、8号機、H-IIAロケット6号機の失敗を経験しそれらを教訓としてH-IIAロケットのエンジンやアビオニクス(電子機器)等の信頼性は大幅に向上しました。 H-IIBロケットはH-IIAロケットで培った技術を最大限活用するとともに、三菱重工との共同開発という新たな体制でのプロジェクトでした。 三菱重工・メーカ各社の方々と打上げ成功に向け力を合わせたことを思い出します。H-IIAロケット13号機以降の打上げ事業は三菱重工が担っています。 品質の高い機体の製作・運用により連続成功が続いており、この開発体制の変更は英断だと思っています。 新型ロケット「H3」を我が国の商業衛星運用会社から打上げ依頼が来るような真の国際競争力を有するロケットに仕上げてほしいと願っています。

画像;中村 富久

現所属:有人宇宙技術部門 HTV技術センター
名前:近藤 義典
当時の担当業務:ロケット班 電気系担当
現在の担当業務:HTV Flight DirectorとしてHTV運用に携わっています。
また、HTV-XやHTV-Xでのドッキング実証ミッションの開発にも携わっています。

入社間もなく、H-IIBロケットの開発に携わり、ロケットに搭載するソフトウェアの開発やH-IIB初号機の軌道投入精度の評価を実施したのは懐かしい思い出です。 その評価した軌道投入精度を渡したのがかつてのHTVプロジェクトチームでした。 のちにHTV技術センター(旧HTVプロジェクトチーム)に異動し、今ではその軌道投入精度をもらい国際宇宙ステーションへHTVを飛行させるための運用を指揮するHTV Flight DirectorとしてH-IIB最終号機、 そしてHTV最終号機に携わります。パーフェクトミッションとして全ミッションを成功させ、ここで培った技術をH3、そしてHTV-Xに繋げていきます!

画像;近藤 義典

現所属:研究開発部門 第四研究ユニット、CALLISTO(併任)
名前:足立 寛和
当時の担当業務:宇宙輸送ミッション本部 射場技術開発室(現:射場技術開発ユニット)にて
射点衛星系設備(衛星系、SRB-A設備の管理)、HTV射場班(整備・組立)、
ロケット班(射場プロジェクト管理)を担当

種子島宇宙センターに勤務した3年の間、H-IIBロケットの2号機、3号機の打上げに携わり、JAXA内はもちろん、関係各社の多くの方々と業務を通じ、公私共に日夜非常に充実した時間を過ごすことができました。 その間、ロケット・HTVの「実機」を目の前にしながら基礎技術や開発工程などの技術、プロジェクト管理方法、各立場での考え方・物の見方・判断基準など非常に多くを学びました。 これらの経験・知識・人脈は、現在の業務である再突入カプセルの開発、CALLISTO及び上段再使用の研究、惑星探査プロジェクトの担当業務における目標達成に必要なタスク、 検証プロセスの策定やスケジュール管理など、予算的な制約はさておき、技術的な課題を着実にクリアして、プロジェクトを完遂するための原動力となっています。

画像;足立 寛和

現所属:H3プロジェクトチーム
名前:有田 誠
当時の担当業務:プロジェクト取りまとめ、全段システム開発、ロケット班長

H-IIBロケットは、H-IIロケットに始まる約40年に亘る全段国産大型液体ロケット開発の集大成であり、それを支えてきた多くの先輩方の思いを背負うという大変誇らしい仕事でした。 特に、H-IIロケット8号機(1999年)やH-IIAロケット6号機(2003年)の失敗を乗り越え、全ての改良を施したまさにH-IIシリーズの到達点であり、全機成功という結果がその完成度の高さを表しています。 民間との役割分担という意味でもJAXA/三菱重工業株式会社の共同開発という先駆的な取組みは、現在のH3ロケット開発・運用の仕組み作りに繋がっています。 私たち関係者が親しみを込めて「B」と呼ぶこのロケットの最終9号機が、11年前の初号機と同じように種子島の夜空に美しい弧を描いて飛行し、有終の美を飾ることを心から楽しみにしています。

画像;有田 誠

現所属:新事業促進部
名前:小谷 勲
当時の担当業務:ロケット射点設備開発、打上隊設備班、固体ロケットブースタ(SRB-A)改良開発・運用

H-IIBロケットは私が入社後に最初に携わった開発で、打上げ最前線という環境で多くの企業と一丸となって働いた経験は、私のその後のキャリアに大きな影響を与えました。 同じ目的のために、時には喧嘩し、一緒に喜び、そういった立場を超えた「チーム」としての連帯感が、今でも私のベースになっています。 これまで米国駐在員としてNASAや企業との連携協力業務に携わり、今では新事業促進部として企業と新たな宇宙ビジネスを創造する活動をしています。 どの仕事においても、私が真っ先に考えるのは協調性であり、目的を合わせて一丸となれるよう努めています。H-IIBロケットは技術経験だけでなく、大切な考え方を私に教えてくれました。

画像;小谷 勲

現所属:宇宙輸送技術部門H3プロジェクトチーム
名前:白石 紀子
当時の担当業務:全段システム担当、LCDR

試験機から3号機まで、H-IIBロケットの打上げで発射指揮者(LCDR)を担当し、発射ボタンを押しました。初めての打上げだった試験機も、リエントリに取り組んだ2号機も、 東日本大震災を乗り越えて搭載機器の再開発を行った3号機も、どれも思い入れのあるロケットです。2012年に民間移管を行ってから8年間、 MHIの方々が5機のH-IIBロケットを安定して打上げてくださったことに心より感謝です。最終号機となる9号機まで、引き続きよろしくお願いいたします。
この8年間で2児の母になり、働き方も価値観も大きな変化がありました。24時間戦える戦士から、柔軟に新しい価値を生み出せる人材になるべく挑戦する日々です。
かつてロケットには変えないことが失敗しないために必要という考えがありました。まもなく今私が開発に携わっているH3ロケットが初めての射場作業を開始します。 H-IIBロケットが引退し、新しいH3ロケットが生まれる、失敗しないだけなら継続が正解なのかもしれませんが、時代に乗り遅れずに更なる進化を遂げるためには変化を恐れず挑戦することが必要です。
新しい挑戦により宇宙がより身近になる未来が近づくことを願いつつ、H-IIBロケットの最後の打上げを「ママのロケットだよ」と子供達に見せたいと思います。

画像;白石 紀子

関連情報

●過去のコラム

※H-IIBロケットは3号機で開発を完了し、4号機から民間企業(三菱重工業株式会社)に打上げ事業を移管しました。

インタビュー一覧

本文ここまで。
画像:人工衛星の情報を掲載 サテライトナビゲーター
画像:宇宙から見た地球を紹介 地球観測研究センター
画像:衛星利用の情報を発信 衛星利用推進サイト
ページTOP