COLUMN ~私とH-IIAロケット~

井上 ゆりか
現所属:JAXA 宇宙輸送技術部門 事業推進部(広報部併任)

当時のH-IIA担当業務

2006~2008年まで種子島宇宙センターの広報担当、2008~2010年までは本社広報としてH-IIAロケット打上げ業務に従事。2017年から輸送部門に戻りH3ロケット・イプシロンロケット・今回のH-IIAロケット50号機(ラストフライト)広報を担う。

最終号機を迎えるH-IIAロケットへのメッセージ

2006年に入社して最初の仕事が種子島宇宙センターの広報担当でした。 初の打上げはH-IIAロケット10号機、政府衛星ということで積極的な広報活動は実施しなかったため人生で初めてロケット打上げを間近に見ることができましたが、当時のことはあまり覚えていません(笑) 印象に残っているのは次の11号機です。11号機は2006年12月打上げということで、種子島に赴任して約半年が経った頃、まだ当時は手探りで実施していた打上げライブ中継に何故か先輩とともに出演することになりました。 実際やってみて結果は散々… セリフは覚えられないわ、中継の最中にセットが崩れるわ、様々なハプニングがありましたが、何とか乗り切った…という形で終わりました。 また11号機のペイロード(きく8号)には「きく・はちぞうくん」というイメージキャラクターが設定されていて、打上げ特設サイトを盛り上げるため、この「きく・はちぞうくん」の中の人としてネタ提供をしたことも良い思い出です。

種子島の広報担当として主に打上げ前後の報道対応や庶務的業務を14号機まで経験した後に、本社広報に異動。 15~18号機まで主に情報連絡担当として打上げに従事しました。その後しばらくロケットから離れた部署にいましたが、2017年に輸送部門の広報担当として戻ってくることができました。 H-IIAロケットは既に三菱重工業株式会社(以下「MHI」)に打上げ業務を移管していたため直接業務として関わる機会は少なかったですが、H-IIAで得た知見は、H3やイプシロンロケットの打上げ広報を企画・運営する際に大いに役立っています。 また今回、ラストフライトとなる50号機の打上げ広報に再び携わることができて大変光栄に思います。 諸先輩方が繋いできたH-IIAロケットが有終の美を飾れるように、50号機の打上げを広報の立場から盛り上げたいと思います。

H-IIAロケット11号機の思い出

きく・はちぞうくん