LE-9エンジンは、H3ロケットの第1段メインエンジンとして開発中の新型ロケットエンジンです。
燃焼に液体水素、酸化剤に液体酸素を使用し、打上げる衛星の質量や投入軌道に合わせて、LE-9エンジンを2基、ないしは3基をクラスター化して装着します。
これまで日本が培ってきたロケットエンジン技術を集結するとともに、新たな技術にも挑戦し、 H3が目指している柔軟性・高信頼性・低価格を高いレベルで実現することを目指しています。
LE-9は、エキスパンダーブリードサイクルと呼ばれる日本独自のロケットエンジン技術を、初めて第1段向けの大推力エンジンとして採用します。
H-IIAロケットのメインエンジン「LE-7A」が採用している「二段燃焼サイクル」は、プリバーナーという副燃焼室(小さな燃焼室)で推進剤を燃やして、 そのガスでエンジンの駆動源となるターボポンプを動かします。推進剤をタンクからエンジンの主燃焼室に送り込むとともに、ターボポンプを動かした推進剤(ガス)も主燃焼室に送り込んで一緒に燃焼させます。 推進剤を2段階で完全に燃焼させることから、この「二段燃焼サイクル」という名称が付いています。
この仕組みでは、推進剤を一切無駄にすることなく使用できるため、燃焼効率の良いエンジンです。
一方で、エンジンの中にもう1つ小さなエンジンがあるようなものなので、構造が複雑になります。 また各所にかかる圧力や温度の条件が厳しく、どこかで不調が起きると途端に爆発を引き起こす危険性もありました。またエンジン起動の制御も難しいなど、幾つか短所もあります。
LE-9で採用する「エキスパンダーブリードサイクル」は、燃料である液体水素を燃焼室やノズルの冷却に使うと同時に、ガス化させて温度を上げ、 そのガスでエンジンの駆動源となるターボポンプを動かすという、シンプルな仕組みです。
燃焼効率はLE-7Aの「二段燃焼サイクル」ほど高くはないものの、プリバーナーがいらないなど構造が単純で、エンジン全体のパーツ数を減らすことができ、 また異常な燃焼状態になりにくいなどの長所があり、高信頼性と低価格を高いレベルで両立させることができます。
この技術は、H-IIロケットの第2段エンジン「LE-5A」で初めて実用化し、H-IIA/Bの第2段エンジン「LE-5B」にも採用されています。
日本以外での開発や採用例はなく、日本が独自に培った技術をもって、LE-9の開発を進めています。
LE9エンジンの概要
項目 | LE-9 | LE-7A |
---|---|---|
真空中推力 | 1471kN(150tonf) スロットリング機能あり |
1100kN(112tonf) |
エンジン混合比 | 5.9 | 5.9 |
比推力(Isp) | 422s | 440s |
エンジンサイクル | エキスパンダブリード | 2段燃焼 |
推進剤 | LH2/LOX | LH2/LOX |
燃焼圧力 | 10.0MPa | 12.3MPa |
LH2ターボポンプ回転数 | 約41,000回転/min | 約41,900回転/min |
LOXターボポンプ回転数 | 約17,000回転/min | 約18,300回転/min |
全長 | 3.75m | 3.7m |
質量 | 約2.4ton | 約1.8ton |
バルブ駆動方式 | 電動バルブ 作動点を連続制御 |
空圧バルブオリフィスで 作動点調整 |
大推力エキスパンダブリードエンジンの実現性を確認するために、JAXAでは、2005年から約10年間、大推力化に必要となる技術の実証を行うLE-Xエンジンの研究を行ってきました。 研究を進めるにあたり、LE-7エンジンシリーズの開発・運用で知見を得てきた高圧・大推力エンジンの技術を発展させるとともに、最新の数値シミュレーション技術などを活用することで、 LE-5Bエンジンに比べて3倍の燃焼圧、10倍の推力が実現可能な目処を得ました。また、本技術を実証するために、実機に近い大きさの燃焼室やターボポンプを用いた試験を行いました。
2014年から始まったH3プロジェクトにおけるLE-9エンジンの開発では、LE-Xエンジンの研究により取得したデータを基にLE-9エンジンの設計・製造を行っています。
2017年からは技術試験を開始しています。重要コンポーネントであるターボポンプの単体試験を行ったのち、エンジンシステムの試験を実施しています。
エンジンに推進剤を送り込む液体酸素ターボポンプ(OTP)と液体水素ターボポンプ(FTP)はエンジンの重要コンポーネントです。 エンジンに取り付ける前に、これらのコンポーネントがきちんと製造され、設計意図通りの機能・性能を発揮することを確認するために、 角田宇宙センターにおいてターボポンプの単体試験を行いました。
特にエキスパンダブリードエンジンでは、タービンの効率がエンジン性能に直結することから、高いタービン性能が求められます。 また、「スロットリング」と呼ばれる推力調整機能を実現するために、広範囲において安定した作動が求められます。 これらの評価項目等に着目しつつ、取得したデータの評価を行い、改善点を設計にフィードバックします。
ターボポンプの機能性能を確認したのち、ターボポンプをエンジンに取り付け、種子島宇宙センター液体エンジン試験場でエンジン燃焼試験を行います。 各コンポーネントがきちんと製造され、組み合わせた際にエンジンシステムとして設計意図通りの機能・性能を発揮することを確認します。 特に初めてのエンジン試験シリーズにおいては、起動/停止シーケンスの確認や各コンポーネントの性能データを取得することに重点を置きながら試験を進めます。 取得したデータは、順次設計に反映されます。
これまでの実機型エンジン燃焼試験等で得たデータを反映し、実際に打上げで用いるエンジンと同じ設計、同じプロセスで試験用のエンジンを製造した後、種子島宇宙センター液体エンジン燃焼試験場で機能・性能の確認および寿命実証などを行います。 Qualification Test(QT)とも呼ばれています。
実際に打上げで用いるエンジンそのものを燃焼させる試験です。燃焼特性を把握しフライトに供することができるか最終的に確認することを目的に種子島宇宙センター液体エンジン燃焼試験場で実施します。
Acceptance Test(AT)とも呼ばれています。
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