世界最高クラスの信頼性を実現したH-IIAロケットに代わり、次世代の大型ロケットとなるのがH3ロケットである。
2020年度の初打ち上げに向け、この開発プロジェクトを率いているのがJAXA H3ロケットプロジェクトマネージャの岡田匡史氏。
プロジェクトマネージャ(プロマネ)としての考え方、H3ロケットのアピールポイント、プロジェクトの現状などについて、詳しく聞いた。
※本インタビューは2016年7月に実施しました。
H3ロケットプロジェクトは、総合システムの開発です。総合システムは、ロケットだけでなく、地上設備や打上げサービスに至る全てを含めた、システムの集合体(System of Systems)です。H-IIAまでのロケット開発のゴールは試験機の打ち上げでした。
試験機打ち上げの成功を見届けてプロジェクトは終了し、その後は打ち上げ輸送サービスにバトンタッチしています。
しかしH3ロケットは、「20年間使える状態にする」ことがゴールと言えます。20年間使うためには何が必要か。大事なことは、使う人が自身のこととして使うものを考えることです。
我々JAXAは、ロケットの運用、つまり打上げサービスを担う企業として、三菱重工さんを選ばせてもらいました。三菱重工さんに運用をお任せする以上、三菱重工さんが使いやすいロケットに仕上げることが自然だと考えています。
三菱重工さんに開発にどう関わっていただくかが大きなポイントで、そこがチャレンジだと思っています。従来のロケット開発は、JAXAがインテグレート(統合)を行っていましたが、H3では、それを使う三菱重工さんに主体的にやっていただいています。
自分たちで使いやすいものを作ってもらおう、ということです。
一方JAXAは、総合システムという全体を見る役割があります。また、エンジンや固体ロケットブースタなど、他の産業にはなくロケットならではの技術であるキー技術については、JAXAが責任を持って開発してゆきます。
もちろんこのキー技術についてもそれぞれの分野を得意とする企業の方々と連携しています。総合システム全体の開発はJAXAが担い、ロケット本体は三菱重工さん、その下のコンポーネントをまたJAXAが担当するといったかなり入り組んだ体制をとっています。
このように三菱重工さんがロケット開発を取りまとめるというのが、今までの経験にない大きな変更点です。
これは日本の宇宙産業もここまで成長したという証であり、一般産業機械と同じようなレベルに近づいてきているからこそ、国の大事なシステムを企業にお願いして開発できる状態になってきているということは、とても喜ばしい話だと思います。
これだけ大きなシステムを作ろうとしているわけですから、プロジェクトに関わっている人数はとても多く、JAXA内だけで60人程のチームがあり、企業にはさらに1ケタ多い方々に関わっていただいています。
ここで大切なことは、「価値の共有」です。いくら大勢であっても、全員に、例えばネジ1本の設計に至るまで、H3ロケットの使命:ミッションが伝わっていることが必要だと思っています。
JAXAと三菱重工さんには、発注者と受注者の関係があります。もし両者の価値基準が同じで、発注者の思いがちゃんと受注者に伝わっていれば、たとえば、設計にA案、B案、C案の3つの選択肢ある時、選ぶ答えが一致します。
しかし、選択の基準に違いがあると、意見を合わせるのに労力を使うことになるわけです。この労力を避けるためにも、価値のコミュニケーションは非常に重要です。
ただ、これがなかなか難しいところです。JAXAと企業では、バックグラウンドも違います。たとえば、利益という観点は我々にはあまりないですが、企業には当然あります。
別々の組織である以上このような難しさはありますが、話し合う機会を可能な限り増やして、意思疎通を図っています。最近では、かなり我々の考えに近い提案をしていただいており、一心同体を感じています。
純粋に技術のことをやっていたのは最初の10年くらいで、そのあと、将来のロケットの企画・計画を5年ほど行っていました。ところが2003年に、H-IIAロケット6号機の打ち上げ失敗がありました。 この時、JAXA内部でエンジニアリングを強化しようという活動があって、5年間ほどロケットの仕事から離れて、衛星等を含めたJAXA全体の仕事に対して関わっていました。
例えて言えば、技術だけでは望んだモノを作るのは難しい、ということです。みんながそれぞれ自分の経験に基づいて仕事をしていると、どうしてもやり方にバラツキが出てしまいます。
プロジェクトを成功させるためには、何をしなければならないのか。それまでのJAXAには、成功に導くための仕事の仕組みや、技術マネジメントプロセスというものが、あまり定着していなかったと思います。
その時に私たちが取り組んだことで、JAXA全体で技術開発に対する共通的な言葉(プロトコル)ができ、いまでも風化せずに引き継がれています。
自分の得意分野は何かと聞かれると、プロジェクトマネジメントとエンジニアリングと答えています。私には他のエンジニア程の技術力はありませんが、この2つを活かして、今のプロマネの仕事をやっているつもりです。
両方混ざった感じですね。マネージャとリーダーは違うとよく聞きますが、両方の面を持っていないと、この仕事はできないような気がします。
たくさんの選択肢があった時、全てを判断できる程の能力も知識も自分にはありませんので、メンバの意見をよく聞いた上で判断します。
その意見に同意するか、もう少し考えてもらうかはその時々によって違いますが、やはり耳を傾けるということはとても重要だと思います。これがマネージャとしての役割ですね。
リーダーとしての役割は、ゴールに向かう道を指し示すことでしょう。H3ロケットの目的は政策的にもはっきりしています。それを実現するのが我々の仕事ですが、技術に対峙し、複雑なことを考えれば考えるほど、頭の中が混沌とする傾向にあります。
我々に与えられた目的を頭に焼き付け、ブレないために、本質は何かを普段からなるべくシンプルに考えるようにしています。
ロケットの評価軸として重要なのは、まずはコストパフォーマンスと信頼性ですね。当然それは押さえた上で、輸送サービスとしてこれまで以上に高い柔軟性を実現します。
いわゆるカスタマーファーストの考え方ですが、お客様に対する様々な面でのサービスの向上、そこを徹底的に追求していこうと考えています。
今までは、「どのような技術を使うか」という技術面からロケットを考えていたと思いますが、H3は使い尽くすためのロケットなので、「どう使うか」という運用コンセプトから入っています。
このコンセプトを実現するためにはどんな技術が必要になるか、という順番ですね。開発のスタイルが今までとはずいぶん違うはずです。
はい、当たり前のことをロケットでもやろうとしています。まず取り扱い説明書を作ってから、製品を設計するというアプローチですね。 H3ロケットでアピールしたいのは「特別な技術」ではありません。日本の強みであるモノ作りの技術や他の産業の優れた技術を活かして、本当に使いやすいロケットを作る。それで世界に打って出たいと考えています。
H3ロケットは、試験機が打ち上がった2年後くらいには、定常運用に近い状態にしたいと考えています。定常運用というのは、年間の打ち上げのうち3機くらいは政府やJAXAの衛星で、残りの3機くらいは商業衛星というイメージです。
1年の半分は、種子島から海外の衛星を打ち上げる状況になるかも知れません。こうなると、日本の打ち上げの世界が変わります。
逆に言うと、変えないといけないと思います。H3の打ち上げコストは従来の半分を目指しているので、打ち上げ回数を2倍にしないと、産業基盤が小さくなってしまいます。
試験機を打ち上げたら終わりではなく、このロケットをビジネスの軌道に乗せるところまでが我々の仕事です。その意味で、H3プロジェクトは技術開発に留まらず、事業開発だといつも言っています。
新規開発する液体酸素と液体水素を用いた大型ロケットエンジン(LE-9)
最初の試験用エンジンが完成していて、種子島で燃焼試験を始めているはずです。そのあたりから、このプロジェクトはいよいよ大きな山場にさしかかってくることでしょう。 今までの開発は、大半が設計や解析といった机上の活動だったので私もまだなかなか実感が湧かないのですが、これから3年ほどかけて、燃焼試験を次々に実施してゆきます。
はい、新型エンジンは手強いと思います。「ロケットエンジンは魔物」と思っています。エンジンはどれだけ事前に研究しておいても、エンジン燃焼試験をしてみると容赦なくトラブルに見舞われる可能性があます。
今回は新しい開発手法を取り入れ、事前に開発のリスクを低減するよう入念に準備しています。
エンジン燃焼試験でのトラブルのリスクを下げるために、これまで、燃焼器とターボポンプの試験を単体で行ってきました。
H-IIで使われたLE-7エンジンの開発当時、私はターボポンプの試験担当だったのですが、かなり苦労しました。そういう問題は先に潰しておこうということで、助走を始めているわけです。
今後、燃焼器とターボポンプを組み合わせ、燃焼試験を行います。やってみないと分からない部分もありますが、一番クリティカルな振動や安定性の課題は、もう大体目処が付いていて、潰せる状態になってきていると思います。
但し、これで十分とは言い切れません。逆にロケットエンジン開発の醍醐味がここにあるとも言えます。
そういう意味で、とにかくエンジンが勝負です。勝負に少し光が見え始めてくるのが2016年度の末頃かなと。そのころを楽しみにしていてください。
プロジェクトチームの中でいろいろ議論を重ね、みんなの気持ちを1つにしたいという思いで提案しました。
「これからの日本の宇宙開発を支えるH3ロケットが力強く宇宙に向かってゆく姿」をシンプルに表現したかったので、幾何学的なラインで構成してあります。オレンジはH3のイメージカラーです。
その両脇の白は、固体ロケットブースタと噴煙を表しています。
H-IIAもそうですが、機体のオレンジ色は極低温の液体酸素と液体水素のタンクの断熱材の色です。個人的には白もいいと思いますが、塗料はコストも質量も余計にかかってしまいますので、省いています。
模型では、同じオレンジ色でもH-IIAと比べて少し淡い感じになっているのが分かるでしょうか。実はこの断熱材のオレンジ色は、時間がたつと紫外線により濃くなるんです。
H3ロケットは製造にかかる時間も大幅に短縮されるので、色の変化も少なくなるはず。その期待を込めて、"若々しい"断熱材の色にしてあります。
昨年度1年をかけて基本設計を行い、2016年度の初頭から詳細設計に移りました。先ほど述べましたように、2016年度の後半にはエンジンの燃焼試験を開始して、2018年度頃から試験機を作り始めます。
ロケットの開発はミッション要求の設定から始まり、ロケットや設備など全てを含む総合システム、ロケットや設備それぞれのシステム、構造系、電気系、エンジン、固体ロケットブースタなどのサブシステム、
さらにその下のコンポーネントや部品と、段階的に細分化しながら設計してゆきます。その都度、ミッション要求を満たしているかどうかの確認をすることが重要です。
そして、試作品ができ始めると、今度は逆に部品、エンジン、機体と、段階的に統合してシステムが設計どおりに動作するかを試験よって検証します。2018年度から2020年度前半にかけては、次々に統合や試験を繰り返しているはずです。
本当に、あっという間ですね。まだ胃が痛くなるような状況ではありませんが、これから何が起こるか分からないということを考えて茫然とすることもあります。でも、どちらかというと楽しみの方が大きいですね。
はい。固体ロケットブースタ無しが、H3ロケットの最もシンプルな形態です。 ブースタなしの試験機も打ち上げる予定ですが、第1段の液体エンジンだけでリフトオフするというのは、今までのHシリーズでは無かったことですね。
煙は減ると思います。海外では、米国のデルタ4ロケットが同じように液体水素の第1段エンジンだけで飛んでいくので、参考になるかもしれません。実際にH3ロケットがどんな姿で飛んでいくのかを見るのも楽しみの1つです。
固体ブースタは力持ちですので、それがないと、リフトオフ直後のスピードはゆっくりになります。また、固体ブースタがあると点火して一気にパワーが上がりますが、液体エンジンでは5秒ほどかかります。
そのままだと、途中で重力とパワーが釣り合ってふわっと浮いてしまうので、十分にパワーが上がるまで、ロケットを捕まえておく機構も射点に追加します。
その他外観としては、衛星を保護する先端部分のフェアリングも形が変わります。H-IIAのフェアリングは、先端の円錐部とその下の円筒部がはっきり分かれていましたが、H3はオジャイブ形状という、もっと丸みを帯びた形になっています。
この方が、搭載した人工衛星にとって優しい環境になるんです。
このプロジェクトには皆さんから納めていただいた貴重な予算を投入してもらっていますので、その意味で最終的なお客様は皆さんだと思っています。
その点をプロジェクトチームのメンバ全員で意識して、皆さんに状況をきちんとお伝えしつつ、開発を進めて行きます。
厳しい目、温かい目で見守っていただくことが、私達プロジェクトチームの原動力になります。どうかよろしくお願いいたします。そして、東京オリンピックの年2020年度の初打ち上げを楽しみにしていてください。
取材日 2016年7月
岡田 匡史 (おかだ・まさし)
H3ロケットプロジェクトマネージャ
角田ロケット開発センター、種子島宇宙センター、H-IIAプロジェクトチームにて液体ロケット開発に携わったのち、システムズエンジニアリングや宇宙輸送系計画の担当を経て、2015年4月よりH3プロジェクトチームにて現職。
©Japan Aerospace Exploration Agency